ユニクロのオンラインサイト
ユニクロはオンラインストアにも力を注いでいます。
ユニクロのオンラインストアでは、最新ニュースやオンラインストア限定の商品を販売するなどをしています。
HPのデザインも見やすくて、どこにいけば何があるのか、人目でわかるようになっています。
そんな中で目を引くのが、東京を代表するデザインイベント<デザインタイド>とのコラボレーション企画として、
ユニクロとデザインタイドとの、Tシャツを作成しました。
このTシャツのデザインというのは、ユニクロ・ソーホーニューヨーク店にて、
クリエイティブディレクターを務めている佐藤可士和氏のデザインとなっています。
このTシャツはとてもシンプルで、伝えたいことを明確にして、<デザインタイド>のキーワードの
「○○○○&PEACE」という言葉です。この○○の部分にはデザインがきますが、
デザインタイドでは書いていません。
そんなデザインタイドのキーワードを、スタイリッシュなデザインに仕上げたTシャツになっています。
この商品は、ユニクロオンラインストアのみの限定商品となっています。
その他にもユニクロのメールマガジンに登録すれば、お得なギフト券があたるキャンペーンなど、
オンラインストアならではの、取り組みが色々とありますので、ユニクロに興味がある人は是非チェックしてください。
ユニクロの商品
2004年頃からユニクロは、ユニセックス衣料品や、お手頃価格での路線は維持しつつも、
今までのイメージの脱却を図ることに取り組みます。
外部と協力して、メッセージ性を持った共同企画商品の開発をしていきます。特にレディース物が多いです。
また、買収したブランドのノウハウを導入したり、その他にも乳幼児向け商品の開発も行っていますが、
基本的にはユニクロらいしシンプルなデザインの商品がよくみられます。
SPAへの転換後は、1900円のフリースや2900円のジーンズなどで販売したので、一時期は価格破壊の象徴としてマスコミなどにも多く紹介され爆発的にヒットしましたが、
あまりに大量に売れすぎた為に、同じものを着用している人が多いので、ユニクロを着用しているのがばれる、
「ユニバレ」と呼ばれる現象が広がりました。
この「ユニバレ」というのは、ユニクロの服を着ていると「ダサい」や「恥ずかしい」とされました。
しかしそんな状況の中でも、価格に対する品質自体は高く、衣料品としての完成度は非常に高いとして評価されました。
その品質の高さというのは、数多く存在するデザイナーの間でも評価を受けています。
2006年8月から行われた、世界各国の著名デザイナーとのコラボレーション企画の「デザイナーズインビテーションプロジェクト」で生まれた商品というのは、
高品質で通常なら数万円してもおかしくないようなデザイン性の高い商品を、
9,990円以下というユニクロだからこそできる、低価格で販売して人気を集めています。
今後ニューヨークの旗艦店を立ち上げるにあたり、ベーシックな商品を大量に販売するスタンスは維持しつつ、ファッション性を強めた商品を提案し、接客を重視する方向性に転換している。
ユニクロの歴史2
1998年の長野オリンピックや2002年のソルトレークシティーオリンピック、2004年のアテネオリンピックと、オリンピックの開会式や移動用の日本代表公式ユニフォームも提供していたんです。
2005年には、雑誌「relax」(マガジンハウス)との共同で行われた期間限定の「セレクロ」(セレクトショップあるいはセレブの位置付け)開設されました。
大阪の心斎橋では、平均価格帯を通常のユニクロ店よりも引き上げた「ユニクロプラス」という店も展開しましたが、
その後しばらくしてユニクロプラスのプラス部分の名称をはずし、現在は銀座店を中心に7店舗の大型店を運営しています。
2006年11月にはニューヨークのソーホーに世界旗艦店を出店する予定もあり、上海やアジア旗艦店を出店し世界進出を加速させていきます
2005年11月には、ファーストリテイリング株式会社は、衣料品の製造から小売に関する営業を、当時はゴルフ練習場を経営していた完全子会社のサンロード株式会社にまかせ、持株会社制に移行しました。
サンロードは社名をユニクロに変更することになります。
2006年現在では、以前にも増してユニクロブランド広報として、CM戦略に力を注いでいます。
実際に昨年までのユニクロのCMの多さを比べると、現在のほうがCM頻度が高くなっています。
2006年9月期からは「UNIQLO miX」という名前で、世界各国の著名デザイナーを招きそのデザイナーとの、
コラボレーション企画の「デザイナーズインビテーションプロジェクト」というのがあり注目を集めています。
ユニクロの歴史
元々はナショナルブランド衣料品の小売店であったユニクロですが、
建物内の構想としては、アメリカンスタイルの倉庫風をイメージしており、クラシックな映画ポスターや、
有名スターなどを展示した、今までに無い特徴的な店舗を全国的に展開していました。
いち早く中国に優良な工場を持ったことで、低価格で生産をできる状態を構築しました。
その点ではメジャーになる前から業界筋の間ではユニクロの名前は知られていました。
1997年頃からは、アメリカの衣料品小売店で有名なGAPをモデルとした製造型小売業(SPA)へ事業転換を進めることで、
低価格そして高品質という商品の展開を成功させました。
広告代理店と業務提携して、クリエイティブディレクターにタナカノリユキ氏が採用されて、
ユニクロの明確なメッセージを世間に伝えたことが成功し、001年8月期には売上、経常利益とも最高潮になり、
その勢いにのったまま、イギリスへの進出なども行われました。
2002年頃からは、そんな勢いも落ちていき国内販売店での在庫も急増していき、新しく手を広げたイギリスでの業績も低迷をみせ、2002年、2003年8月期と利益が大きく落ちこむことになります。
その後なんとか現状を打破するために、「theory(セオリー)」「ナショナルスタンダード」といった国内外のブランドの買収を次々と行っていき、ファッション雑誌との共同企画での商品の開発や、
有名タレントを起用したり、外部デザイナーとの提携など業績をあげるための努力が行われた結果、
2004年度には業績が上がってきました。(ロンドン支店の業績も黒字になっています)。
東アジアでの、業務展開も行われており、2002年9月に中国上海市に出店します。
2005年9月には香港に出店、そしてロッテとの合弁で韓国ソウル市にもユニクロ店を次々と展開していきます。
ユニクロとは
株式会社ユニクロは、日本国内で「UNIQLO(ユニクロ)」の店名で実用(カジュアル)衣料品の生産販売など全てにおいて自社で行っている今や、知らない人はいないと思うくらいの大企業です。
本社は山口県山口市にありますが、ユニクロには親会社というものが存在していて、
親会社は株式会社ファーストリテイリングが東京証券取引所第一部に上場していることでも知られています。
1984年6月当初は、ユニクロの社名というのは、山口県宇部市にあったメンズショップOSという名で業務展開していました。
このメンズショップ0Sというのは、1992年4月までに全店閉店します。
主な取り扱い商品だったのは、男性向け衣料品だった小郡商事が、
広島市中区袋町にユニセックスカジュアル衣料品を主に扱う販売店として、
ユニーク・クロージング・ウエアハウス(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)を開いたのがユニクロの始まりです。
ユニクロの呼び方というのは、この店舗名の略称が元になっていますが、当初略称の英文綴りはそのままUNI-CLOとなっていたんですが、とあることがきっかけで「UNI-QLO」となりました。
そのきっかけというのは、1988年に香港に現地法人を設立した際に会社登記の書類に略称の「UNI-CLO」を書き間違えてしまったんです。
今の店舗名の「UNI-QLO」と記入して登録してしまい、そのまま英文綴りを「UNI-QLO」に変更した商標登録されました。
え?そんなできかたでいいの?といった感じですが・・・。
広島に開店した当初は小林克也を使って、広島ローカルでCMをしていました。
開店以来一貫してワインレッドをシンボルカラーとした白抜きのロゴタイプを使用していますが、
少し前では、手をつないだ男女のシルエットをモチーフとしたシンボルマークも存在していました。